虐待?しつけ?児童虐待防止法に「しつけ名目での体罰の禁止」が明記される

こんにちは、ぎんのすけです。

少し前の話になりますが、野田市小学4年女児が「しつけ」名目での虐待によりなくなるという事件がありました。

生まれ変わったらな、優しい両親の元へ生まれて欲しいと、切に願います。

この事件、両親だけでなく担当の児童相談所の対応にも問題があり、いろんな面で「今のままではダメだ」という認識が広がるきっかけになったんだと思います。

彼女のような悲しすぎる死が繰り返される事がないよう、心から思います。

児童虐待防止法に「体罰の禁止」が明記されることで虐待は減るのか

先日、ショッピングセンターであった出来事です。

続けざまにこんな事があったので、「びっくりした」というのが正直な気持ち。

 

私は、迷子っぽい子どもを見かけると、周りに親がいないか確認します。

イヤイヤ泣きは少し離れて傍観し、落ち着いたら声を掛けよう…という親もいるし、「も〜先行くよ!!」と言いながら離れた場所にいるという事があるから…。

でもこの時はいなかったので、声をかけてしまいました(もっとしっかり確認すればよかったのかもしれない…)。

登場した母は、いきなり泣いている子を「スパコーンッ」と叩いていました。

え?

え?そんな叩くことなん?

私が声をかけたせいで、この子が叩かれたと思うと、「声をかけないほうがよかった…」と心が痛みます。

泣いている子に声をかけるって…難しいですよね。

 

で、また別の日に、ふざけていた子が私にぶつかってきたのを母が見ていてこの状況に。

その子がすぐに私に「ぶつかってごめんなさい」と謝っていればこうはならなかったのか。

でもそんな謝るタイミングもなく…だったし。

 

子育ては、いろいろあります。

当人にしかわからない苦労や辛さはあるし、「毎回毎回…」なんて事が続くとイライラしてしまう。

ほんと…

 

「しつけによる体罰の禁止」とはどういう事?そもそも「体罰」って?

児童虐待防止法に盛り込まれた「しつけ名目での体罰禁止」。

これは、虐待をした事によって逮捕された親がよくいうセリフ「しつけのつもりだった」「言う事を聞かないからしつけの一環でやった」と言えば「行き過ぎてはいるが、しつけであり、殺意等はなかった」と認識の蔓延を防ぐため。

そもそも「しつけで暴力を振るうのがいかんからね」という事。

しつけであろうと、暴力は許さない

じゃあ、ジャイアンのかーちゃんはとっくに逮捕されちゃうよ。

 

じゃあ、「体罰」ってどのくらいまでのことを言うのか?

今回、私が出会った母たちのパターンは体罰?

それともあざや、明らかな怪我がなければ体罰ではない?

「叩く行為」が体罰であれば、危険な行為をした子を戒めるために叩いたとしても、それは体罰?

 

ドラマとかで、なんかいろいろあって警察に保護された息子に対し、駆けつけた母がパチーンと平手打ち。

「何やってるのよ!あんたは!!」(母:声を震わせながら涙)

「母ちゃん…」(息子:母のその姿に困惑しつつ言葉を飲み込む)

これも、体罰?

 

家庭内等において、子供が保護者と生活する時間は長い。特に就学前の乳幼児にとっては、親権者は、親権者であると共に、最初に出会う教師ともいえる。このため保護者は、それら幼児に日常生活を通じて、やるべき事やってはいけない事守るべきルール言葉を教育する。この教育の過程で、まだ言葉を十分に理解出来ない幼児にとっては、往々にして「言葉による賞罰」よりも、「肉体の感覚による賞罰」の方が効果的な事が多いという考えもある。しかし、過度な体罰は虐待になるため、そのさじ加減が難しいといわれる。

1990年代から北欧諸国では体罰禁止運動が盛んになり、これらの国では全面禁止、イギリス、フランス、アイルランド、オーストラリアでは平手で身体(頬は除く)を打つこと以外は法律で禁止された。

出典:Wikipedia「体罰」

ちなみに、イギリスでは1998年に家庭内でも体罰禁止されたけれど、この結果、規律を守らない子が学校内で増えたために、教師や保護者が最高裁に「体罰の復活」と訴えました。

この結果、2006年に「規律を乱す生徒に、教師が懲戒できる権利を保障」という内容が加えられました。

この権利も「お尻を叩くのは6回まで」等の細かい規定を作っています。

つまり「罰」がなければ規律が守られない場合もありうる…と判断された

 

「自分はどんなことをしても守られる」から生み出されるモンスター子ども

少し前に、ある高校で先生からの体罰を受ける生徒の動画がツイッターで拡散されました。

その際に注目されたのが「生徒の言動」。

明らかに先生に対しての言葉じゃないんですよね。

親に対しても、友人に対しても、こんなこと言わんやろ…。

「先生が体罰をする」という事が「ツイッターで注目」されるために、先生に対して火に油をそそぐようにふっかけた…とも言われています。

 

朝の情報番組で、加藤浩次さんが「大人をナメてるよね!」と発言していましたが、私もそう思いました。

 

体罰がいいって話をしてるのではなくて、「体罰はないからこちらは何を言ってもいいし、その結果手を出されたらこっちが被害者」という考えが、どうかしてる。

 

私の近隣の小学校で、こんな事がありました。

「先生は自分たちの親から金もらっているんだから、給食くらい先生が配膳してよ」と、ある生徒が発言し、先生はその生徒の言われるがまま生徒たちに給食を配膳していた…という事があったと聞きました。

いや、お金払っているのは親やろ、自分のことは自分でせえよ

「先生は生徒に逆らえない」という教育環境…。

ただ、ここで考えるべきは、「先生は親から金をもらっている」ということを誰が吹き込んだのかということ。

 

…その子の親しかおらんやろ。

 

考え始めたら、もう何がなんだか…。しっちゃかめっちゃかですよね。

 

 

親も子どもも欠けているのは「時間」と「相手を思いやる気持ち」

法律で「体罰禁止」となったところで、しつけによる虐待がなくなるのか…ということに関しては、正直なところわかりません。

この事が話題になってから、小学生の子が親に叩かれたときに警察に自分で電話をして、親が警察に逮捕された…というような事もニュースに載っていました。

子供の話や、親の話を含めて、警察は「これは逮捕すべき案件」と判断して逮捕となったようです。

事件詳細がざっくりとしか報道されていないので、実際のところどうなのかはわからないけど、事の発端が「学校に行きたくない」だったからだそう。

学校に行きたくないとは…

 

  • 勉強したくないから学校に行きたくない(勉強が嫌い・勉強についていけない・何かしらの発達障害が原因で理解したくても理解ができない・黒板の文字が見えない・苦手な教科がある・先生が見せしめと思われるような行為をしてくる…)
  • まだ寝たいから学校に行きたくない
  • 体調が悪いから学校に行きたくない
  • いじめがあるから学校に行きたくない
  • 仲間外れになっているから学校に行きたくない
  • なんとなく学校に行きたくない
  • 母の愛情を受けたいから学校に行きたくない
  • 学校が嫌だから行きたくない
  • 学校に行くのがめんどくさいから行きたくない
  • ゲームをしたいから学校に行きたくない

 

いろんな理由を考えてみましたが、理由によってはちゃんと話を聞いてあげないといけないこともあります。

だた、この事件の母は仕事をしていたということで、出勤前のバタバタしている時にそんなじっくり話を聞いてあげることはできない状況もあったのかもしれない…とも思います。

仕事を休むこともできない状況だったのかもしれません。

でも、子どもは話を聞いて欲しかったのかもしれません。なのに「学校へ行きなさい」と言って叩かれたもんだから、感情的になって警察に電話をしたのかもしれません。

ただ、これは私の空想なので、現実は単純に学校をサボりたい子と、親の身勝手な暴力であったかもしれませんが。

 

私もかつて、学校に行くと言って家を出ましたが、10分もかかからない道のりを1時間かけて、結局誰もいない家に帰ってきた事があります。

家族関係での悩みがあり、やる気がなく、学校に行きたくありませんでした。

学校から連絡を受けた母が、仕事の合間に帰ってきて「あんた、どうしたんよ」と、つっけんどんに聞いてきましたが、私は「なんとなく」としか言いませんでした。「そう…」と言って、母はまた仕事に行きました。

 

もっと自分からちゃんと話せていたら…とも思うし、もっとしっかり話を聞いてくれたら、もっと話せる環境を作ってくれてら…とも思いました。

今考えたら、責任ある立場だったにも関わらず仕事の合間に(多分自分の休憩時間を削ってきた)駆けつけてきてくれるなんてすごいと思うし、頭ごなしに怒鳴りつけたりもしなかった事もすごいと思います。

 

考え方は、各家庭や人によって違います。

だから相手の心を読む事ができない限り、分かり合えることはないと思いますが、それでも「時間を持って話すこと」で歩み寄ることはできると思います。

しつけによる虐待の中でも、「子育てによる過度のストレスを抱え込んでしまった場合」など、夫婦で話し合うことで解決できたことはあるかもしれません。

 

「しつけ」は誰のためか・何のためかを考えるべき

私が小学生の時に、兄と同室の勉強部屋を作り、それとは別に各個室(寝室)を持とうと各個室にあった勉強机の移動をしていました。

その時になぜか父から「そんなこと止めろ」とゲンコツを食らった記憶があります。

「意味がわからない!!理不尽だ!!!」と強く思った記憶があります。

結局、勉強部屋作成は私たちによって強行されたのですが、いまだにあの時ゲンコツを食らった理由がわかりません。

そしていまだに覚えています。

親から受けた理不尽な痛みは、大人になっても残り続けます。

それは身体的な痛みだけじゃなく、精神的な痛みも同様です。

今、私が自分が子を持つ親となって本当に実感するようになりました。

 

だからこそ、しつけ名目の暴力でさえ子どもにとってはとても辛い記憶として残る可能性もあると思います。

虐待に発展するしないに関わらず、暴力はいかん。

 

でも、まだ自分では危険かわからない小さい子にとっては、「これをしたら親に叩かれる=やっちゃいけない事」と理解する事で危険から身を守る方法になっている場合もあるのかもしれない…とは思います。

つまり、親の身勝手な暴力ではなく、子どもを守るための行為。

今回「しつけ名目での体罰禁止」が明記される事で、実質的に「どんな理由があっても暴力は暴力」という位置付けがされたんだと思います。

 

考えれば考えるほど難しい事だと思います。

 

ドラえもんのジャイアンのかーちゃんシーンが削除されたり、のび太がしずかちゃんと結婚したとわかる写真(大人になったしずかちゃんが、のび太激似の子どものお尻を叩いている写真)が違う写真に変わったりするのかな〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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