ニュース見ていますか?目黒区での5歳児虐待事件…ご冥福をお祈りします

どうも、ぎんのすけです。

 

ココ最近、ぎんたさんがテレビを見させてくれなかったので、ニュースかを見ることがなかったのですが、Yahoo!の記事で、また虐待され、悲しくも命を落としてしまう事件がありました。

 

子育てをする親として、本当に思います。

どうして子どもを産んだのか?

 

あなたが産んだ子どもは、あなたの元ではなく、もっと大事に、ちゃんと守ってくれる人の元に産まれるべきだったんじゃないか。

なぜ、あなたが子どもを授かり、産んだのか。

大変な思いをして十月十日お腹の中で育て、大変な痛みを伴って産んだはずなのに。

 

今回のニュースで、僅か5歳の女の子が反省文と思われるような文書を書き残して亡くなっています。以下、一部を抜粋させていただきました。

 

「ママとパパにいわれなくってもしっかりとじぶんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします

ほんとうにおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします」

 

こんなことを5歳の子どもが書くなんて…衝撃を受け、ニュースを見ながら涙が出ました。

なぜこんなことを僅か5歳の子が書かなければいけないのか。

5歳なんて、アホみたいに遊べばいいし、

できないことが多くて当たり前だし。

何も反省することもないはずなのに。

 

5歳なんてわかっているようで、まだわからないことが多いから失敗しながら成功も重ねて成長している、そんな時期なのに。

 

体重はたったの12キロ…2歳のぎんたさんとそんなに変わりません。

 

 

虐待については、なぜか「殺人罪」で立件されることがないように思えます。

全部そうなのかな…

保護責任者遺棄致死とか、傷害致死とか。

殺人罪で立件されることがないのは、「殺意の認定が難しい」ということが言われているので、そのほかの罪で立件されるようで、「致死罪」になるようですが。

 

成人した大人が、まだ未発達な子に対して骨が折れるほどの殴る蹴る、落とす、食事を与えない、寒空の下薄着で放置する、食事を自分で作ることができない状態の子を放置する、熱湯をかける等…この行為が「まさかこれで死んでしまうとは思わなかった」ってことですよね。

それか「この程度で死んでしまうと思わなかった」ということ。

だから、殺意を持って殺害したと言うわけではなく、結局死に至らしめてしまったと言う認識になるそうです。

 

…私自身の感覚になってしまうのですが、「虐待死」の場合、殺意の認定って難しいか?と疑問に思ってしまいます。

と言うか、そんなことも分からないような人が何故親になったのかと、不思議でなりません。

 

 

虐待死事件が起きる度に思います。

この人たちも、同じ期間同じ行為をされればいいのに、そうすれば身をもって自分がその子にしたことが分かるだろうに…と。

 

親の責任とは、なんなんでしょうね?

 

 

 

もちろん、みんながみんな、今回の事件の子のような虐待が行われている訳ではないかも知れません。ニュースになっているのは、特異な事件で注目されやすい内容…と言うのもあると思います。

実際は表面化していない事件もあると思います。

オレンジリボンの公式ホームページで、虐待に関する統計が掲載されていました。

子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

 

 

 

ただ、私自身2歳の子を育てるにあたって、悩むことはたくさんあります。

大人のように喋ることができず、自分の言いたいこと、して欲しいことは「んー!!んーー!!!」でしか伝えることができません。

たまにこの「んー!!」が呪いのように聞こえることがあるんですよね。

そして、周りから「ママだから言うことが分かるんだからすごいよね」という先手パンチ。

いや、わからんて(笑)

 

やってはダメなこと、いまのぎんたに必要ではないこと、大人と子供では許される行為に違いがある(危険か危険じゃないかの判断ができるから)こと、世の中の規範…教えなければならないことはたくさんあります。

行動力が増えた今だからこそ、本当に注意しなければいけない。

 

それって、本当に大変。

 

何度も同じことをして、何度も注意をして、やっと分かってくれることもあります。

でもテンションが高くて遊ぶモードになってしまってるときは、忘れてしまいます。

まだ分かってくれないこともたくさんあります。

世の中の規範やルールなんて、大人が勝手に決めたことだし、まだ理解できないですもんね。

でも、自分を危険にさらす行為はしちゃいけない、人に迷惑をかける行為はしちゃいけない…今からでも教えていかないといけないことだと思っています。

 

 

息子ぎんたの成長を見ると本当に嬉しいし、一つ一つの行動が可愛くて仕方がないです。

でもたまに「もう!何で分かってくれんの!!」と言う気持ちも出てきます。

 

 

他人が虐待をするよりも、実母が虐待をするケースがはるかに多いです。

虐待関連のいろんなニュースを見ている中で、「あぁ、この母親のことを誰かが支えてあげることができればよかったのに…」と思うこともあります。

子育ては、家という密室空間、ほかの誰も入ることがない世界、子供と母親の世界で行われていることが多いんですよね。

 

うちもそうです。

出産のために仕事を辞めざるを得なくなって(就職時は育休があるって話だったのに)、外との関わりが薄くなり、自分の存在や必要性がわからなくなる時があります。

誰にも必要とされていない気がして、苦しくなる時があります。

何度も一人で泣いています。

 

「自分はこんなに頑張っている!」

「もっと誰かに自分の存在を認めて欲しい!」

「自分の頑張りを褒めて欲しい!」

 

今でもそう思います。

子育ては報酬も見返りも感謝もされない重労働。

旦那さんも、分かってくれてはいるけど、本当にわかりきっているわけではない。

でも、私たちのために一生懸命働いてくれているし、自分の時間が少ないのは旦那さんもそう。

自分だけじゃない、自分だけじゃない…!

そういう思いがぐるぐるぐるぐる…

 

で、私は一人で大泣きします。

 

どんなに可愛くても、虐待の可能性は誰にでもあることなのかもしれません。

昔と今とで違うのは、核家族化であったり、共働き世帯であったり、近所との付き合いが稀薄になったこと、外で遊ぶ場が少なくなったこと、ママ友とかっていうコミュニティができたこと…色々あると思います。

子育てに対して母親負担になる部分が多くなりすぎているんですよね。

政府も出生率がどうこういう前に、もっと子育てをする世代の声を聞くべきじゃないんですかね。

頭の固いおじさま方が集まって考えたところで何もわからないでしょうに。

「保育園落ちた 日本しね」と聞いて、ほんとそうだわ!と思った母親はどんだけいるんでしょうね。

だいたい、子育てのためにお金を稼ぎたいから保育園に入れたいのに、就労証明がないと入れないとか、順番おかしいやろ、と思います。

仕事が欲しいからハローワークに行くのに、ハローワークには保育所や保育園幼稚園に関する情報を持っている人がいないとか。

行政機関と、子育てをしている人の感覚が違いすぎて…。

 

 

虐待はいけないこと、

虐待を減らすには「殺人罪」を適用したり、より厳罰化すということは一部のことに関して有効なのかもしれませんが、根本的に「子育てをする」という環境を、現代に合わせてみんなが考え直すべきなんだと思います。

 

なんか色々な感情が出てきて、ごちゃごちゃした感じになってしまいましたが、

何よりも、今回犠牲になった子、助けられなかった子どもたちのご冥福と、来世では良い親の元に生まれてくることを願います。

そして、助けを求めているのは子どもだけでなく、親も然り。

 

 

 

 

 

最近、ぎんたさんが大泣きしている私を心配そうな顔をして覗き込んで、なでなでしてくれるようになりました。

もう、抱きしめてあげることしかできませんよね。

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