帝王切開になって思うこと その2

前回「帝王切開になって思うこと その1」からの続きです。

帝王切開を受けて私が思うことは「答えのない自問自答の繰り返し」

産後にいろんな人から言われた言葉。

悪気がない言葉だったとしても、ずっと心に引っかかっています。

 

なんでこんなに苦しいのか…意味も分からず、辛くて泣いた日。

私の出産体験は今だに心の中にモヤモヤが残るものでした。

 

世の中には選択肢として帝王切開しかなかった出産もあります。

帝王切開での出産は母子の命を助けるためです。

 

そう説明されても、やっぱり心のどこかでは「なぜこうなってしまったのか…」と答えのない自問自答を繰り返しています。

産後3年と経ちますが、今だに思い出して「帝王切開・原因・旋回不足」意味のない検索してしまいます。

でも、「こうしていれば帝王切開にはならなかった」という記載は見つけることはできません。

 

母親学級で言われたことが心にまたモヤモヤを作る

現在、妊娠中ですが、第二子は予定帝王切開での出産となります。

手術予定日より前に陣痛が来てしまったらどうしよう…破水したら…等々、”子宮破裂の恐れがある”恐怖もあります。

 

それとともに、検診を受けている病院の母親学級でも「経膣分娩を前提としての妊娠〜出産〜入院中までの話」をされました。

 

入院に関する細かい話もされるため、母親学級は全員参加しなければいけません。

 

その母親学級でもらった紙には「出産の山を考えよう」なんてものもありました。

自分で出産に対するイメージを膨らまし、「陣痛・破水・出産・育児・授乳」等のキーワードが山のどのあたりにくるかイメージしてね、というものでしたが、予定帝王切開となる私は何をどうイメージするのか…涙が出そうになりました。

参加しなきゃよかった…

 

初産婦であっても、妊娠中に異常を指摘されていたり、高齢出産や多胎児だったり…陣痛を感じることなく予定帝王切開となっている方もいます。

 

「出産に対するモチベーションを上げていきましょう!」

「どんなに苦しくても、出産直後のお母さんはとてもいい顔をするんですよp(^^)q」

そんな話を母親学級ではしていましたが、帝王切開と決まっていれば、陣痛が来ることなく入院し食事制限、尿管カテーテルを入れ、手術室に運ばれて、麻酔、痛みを感じることなくお腹を切られ、赤ちゃんを取り上げる…。

劇的な経膣分娩とは全く違う経路を通っての出産…というか手術。

 

多くの人を対象とした母親教室だからこそ「一般的な出産」に対することなどを話になるのは必然だとは思いますが、帝王切開という手術に対してモチベーションを上げることができない私はどうすればいいのか…。

 

帝王切開後に主人から言われたこと

私が帝王切開を受けた後、戻った病室で主人から「お疲れ様やったね、赤ちゃん元気やよ、ありがとう」と言われました。

その後の入院生活、主人は泣いている赤ちゃんを抱っこしてくれたり、私の横に移動させてくれたり、オムツを替えてくれたり、沐浴をしてくれたり…率先してあれやこれやと動いてくれました。

 

主人の会社が長期連休に入っていたこともあり、入院から退院までずっと一緒にいてくれました。

助産師さんたちからも「ご主人、仕事されてないのかしら…」と噂されるくらい(笑)

 

産後に大泣きしてしまったこともあったせいか、主人は「帝王切開だからどうこう」と触れてくることはありませんでした。

ただ、お腹の傷の具合はどう?何がしてほしい?とちょこちょこ聞いてくれていました。

 

出産後、しばらく経ってから術後の傷がケロイドっぽくなってるところもある…という話をしていた時に「でも、その傷があるから今みんなでこうして居られるんだよ、ありがとう」と言ってくれました。

 

もしも帝王切開を受けていなかったら…と考えたことはありませんでした

帝王切開を選択していなかったら、もっと辛い結果になっていたかもしれません。

 

「帝王切開だったからって気にするなよ」

いや、ムリ。気にしてしまう。検索履歴はすでに「帝王切開」で埋まってる

「帝王切開だって立派なお産だ」

そういうことを言うこと自体、帝王切開はお産じゃないと感じてんじゃないの(疑心暗鬼)

「帝王切開になったのは残念だけど、産んでくれてありがとう」

ごめんね、あなたの子をちゃんと産むことができなくて

つまり、術後は慰めのつもりで言われた言葉の揚げ足を取っていたと思います。

何を言われても、変な方向にしか捉えることができなかったんじゃないか…と。

それくらい、産後の私の心はひん曲がっていました。

 

それを知ってか知らずか、主人は上記のような慰めの言葉は何も言いませんでした。

 

主人は帝王切開になったことについて「びっくりした」とは言いましたが、それは私自身も同意見。

ただ、

「ありがとう」

「赤ちゃんも嫁も無事でよかった」

「傷の具合はどう?」

と伝えてくれました。

 

「産み方」ではなく、ただ単純に生まれてきた子と私のことを考えてくれた主人には、とても感謝しています。

 

帝王切開を受け入れられなくても子どもに対する愛情は変わらない

ネットを見ると、帝王切開についていろんな否定的な言葉を見かけます。

子どもに愛情がわかないとか、子供が弱い・病気がちだとか…

そう言った偏見も、帝王切開を受けた母親を苦しませる原因になってると思います。

帝王切開を受けた後、意味がないと思いながらもネットで検索してしまうんですよね

 

でも、私は声高らかに言えます。

帝王切開でも経膣分娩でも子どもに対する感情は変わんない!

 

私自身「帝王切開を受けた」ことに対して受け入れることができている訳ではないけれど、帝王切開だったからといって愛情が足りないと思うことはありません

 

いろんな感情ものとで生まれた赤ちゃんを見て、手術室では涙が止まらなかったし、病室で赤ちゃんを間近で見たときのあのなんとも言えない感情…。

何よりも、自分の手の中にいる、こんな小さくて柔らかくて無垢で弱い子どもに手を上げるなんて酷いこと…できるわけがない。

息子がかわいい…ただただ息子がかわいい

完全に親バカ。

 

子どもに対して愛情がわかないって人は、産む手段が経膣分娩であっても帝王切開であってもわかないと思います。

産み落としたトイレの窓から遺棄したとかってニュースもありました。

そんなニュースを見ると、「大変な思いをしただろうに…なんでそんなことができるんだろうか」と思ってしまいます。

 

「帝王切開をした」と言う事実を受け入れられない私

私は「出産」という出来事に対して釈然としない思いが募り、今だにモヤモヤを引きずっています。

帝王切開を受けた母親って、他の人はどうなんでしょうか?吹っ切れることはできているんでしょうか?

いつまでもこんなこと…ダラダラと思っている方がどうかと思う時もあります。

でもやっぱり自然な流れで産みたかったという感情は消えません。

 

それでもまた「産みたい」と思った理由

それでも私は、次も帝王切開になるとわかっていても、「産もう」と思いました。

あの心も体もしんどかった入院生活は一生心の中に残るし、これからも悪意のない帝王切開への偏見も受け続けると思います。

 

「出産の痛みは忘れることができるから、また女の人は子供が産める」とは言いますが、手術の痛みは忘れることができません

 

思い返せば、恐怖しかないです。

手術室の手前で、最後の陣痛を感じながら「あぁ、もう一生この痛みを感じることはないんだ…」と思いました。

赤ちゃんを取り出した後、自分の意思とは無関係にガタガタと震える体。

自分の心音が鳴り響く手術室。

心の中で「え?私死なないよね???大丈夫なんだよね??」と思っていました。

意識がある状態でお腹が開かれていると冷静に考えると、本当に怖かった…。

 

 

それでも、病室で初めて赤ちゃんが私の横に来た時の、えもいわれぬ感情。

初夏の風が入ってきて、静かで穏やかな時間が流れた病室。

何度見ても、不思議な存在でかわいいとしか思えない我が子。

子育てが始まって、日に日に成長する我が子。

 

息子が生まれた時期に、家族でお弁当を持ってピクニックへ出かけますが、公園で主人と息子が遊んでいるとこをろ見ると、「生まれてきてくれてよかった」「産んでよかった」と思います。

 

 

出産の方法はなんでもよかった。

今がこんなに充実しているから、それでいい。

 

そんな感情もあるから、また産もうと思えるんだと思います。

人が成長していく瞬間を見ることができ、その感動があるからこそ「産みたい」と思いました。

 

そして、偶然にも同じ時期に第二子を産むこととなりました。

 

緊急帝王切開をしたからこそ出産に対する産院選びの視点が変わった

前回は里帰りをしたために産院は選べませんでしたが、今回は自宅近くの総合病院での出産となります。

 

豪華な食事や、いろんな高待遇をしている個人院も憧れはしました。

友人知人の話を聞いていると羨ましかったです。

「入院生活が楽しかった」という言葉が羨ましかった。

 

でも今度の出産で私たちが選んだのは、車で10分もかからないところにあるどでかい総合病院。

個人院で万が一の事態が起きた時に受け入れをしてくれるところ。

周産期医療体制の整っている病院です。

 

「母子ともに安全に赤ちゃんを産む」

万が一の事態があったとしても、その場で早急に対応ができるから…と。

 

もちろん、医療が充実している病院だからといって100%安全に産めるとは限りません。

出産は何が起きるかわからない。

でも考え方には人それぞれいろいろあると思いますが、私たち夫婦はこの選択をしました。

 

最後に…

帝王切開についていろいろ書いてきましたが、やっぱり今思い出しても涙ぐんできます。

「あの時、こうしていればもしかしたら…」と思ってしまいます。

コウノドリのドラマは辛くて見ることができません。

 

そして次の帝王切開について覚悟はできていても怖いです。

 

経膣分娩が正直羨ましいというような気持ちはあります。

第二子、第三子を産んだ方が「今回は楽だった」とか「上の子より時間かかったな〜」とか「上の子に出産を見せたかったから立会いをした」とか。

いろんな話をしているのを聞いて、「私は今後も同じようなタイムスケジュールを刻んで帝王切開で産むんだ」と思ってしまいます。

 

経膣分娩者からしたら「死ぬほど痛いって」と言いますが、女なのにそれすら経験することができなかった私は…と思ってしまいます。

「出産する」ということに対してのモチベーションは妊娠後期に入っても低いままです。

 

かといって、子宮破裂の可能性をぬぐいきれないブイバックに挑む勇気はありません。

 

帝王切開を受けて、今だに整理しきれない感情はあります。

悔しいという気持ち。

人によっては吹っ切れているかもしれないし、特に何も感じていない人もいるかもしれない。

むしろ経膣分娩でなくてよかったと思う人もいるかも…。

 

ただ、経膣分娩でも帝王切開でもその時の感情を知るのはその人本人しかいません

 

自然な流れで出産できなかった本人以外の人が「どっちが偉い」なんて話をするのはナンセンスだと思います。

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