どうも、ぎんのすけです。
最近、ぎんたさんの出産のことを思い出すことがあります。
第二子妊娠中。日に日に大きくなるお腹を見ているから、余計にそう感じるのかもしれませんが。
ぎんたさんは緊急帝王切開による出産でした。
出産に対して「こんな出産にしたい!!」という強い思い入れはなかったはずの私ですが、いざ帝王切開を経験してみると…。
帝王切開は出産であり手術でもあり自分ではない命を救うために自分の体を切ることでもある
現在の日本では、帝王切開による出産は4〜5人に1人とも言われています。
決して少なくはない人数だと思います。
また、一度帝王切開になってしまったら、次回も帝王切開になる…というのが一般的です。
一部の産院では、ブイバックという名前で「帝王切開をした次の出産を自然分娩で」することができるようです。
今でも「普通の分娩いいなぁ」という感情がないと言ったら嘘になります。
この感情がなんなのかは分かりませんが、ただ「帝王切開になった」ということが心の中にずっと引っかかっています。
この記事の目次
経膣分娩>帝王切開という認識が誰にでもある
日本は昔から「お腹を痛めて産んだ」という意識が強く、経膣分娩による出産こそ出産である。
自然の成り行きでの出産というのがいい…みたいな意識。
最近になって無痛分娩という選択肢が増えてきましたが、それでも「自然に陣痛が来て出産に至る」という方法がスタンダード。
もちろん、私も出産するまではそのうちの1人でした。
当たり前のように陣痛が来て、当たり前のように経膣分娩、カンガルー抱っこをして出産の喜びを感じながら育児にシフトして行く…と思っていました。
「帝王切開は例外」という意識が、自分では意識してなくとも心の中に存在していたんだと思います。
「普通に経膣分娩で産む」という漠然としたイメージと、自分もお腹を痛めて感動的な出産になるんだろうな…という展開を描いていました。
緊急帝王切開になるなんて予想外な展開に、ついていけなかった。
帝王切開になった理由がわからないから自分を責めてしまう
赤ちゃんを取り出した直後、大泣きをする赤ちゃんを見て先生が「お!元気だねぇ!!」と言っていました。
が、色がとても白く、私は手術台に固定されているので動くこともできず、顔を少し見せてもらっただけ。
赤ちゃんはすぐに検査のために小児科へと連れて行かれました。
術後に担当医から赤ちゃんの「旋回不足」と説明を受けました。
通常、お産が始まると、赤ちゃんはゆっくり回転しながら産道を下りてくる(ウンチが出そうな感覚らしい)んですが、その「下りてくる」という感覚が私には全くありませんでした。
破水すらせず。
子宮口全開で、モニター上の子宮収縮の具合もいい感じ…「もうすぐだよ!」と何度、助産師さんに言われたことか…。
旋回不足になった理由はわかりませんでした。
産婦人科の先生にも「旋回不足になった理由はわからない」と言われました。
妊娠の経過も良く、体重の異常な増加もなく、体調にも変化はなく、いたって普通の妊婦でした。
つまり、帝王切開になってしまった元々の原因が分からない。
だから、私は私を責めました。
妊娠中の何かの行動が悪かったのか。
自分の体質のせいなのか。
もっと運動すればよかったのか。
マタニティヨガとか、体操をもっと真剣に取り組めばよかったのか。
仕事も残業なんてせずに、正社員に任せればよかったのか。
ストレスを感じないようにゆったりしていればよかったのか…。
臨月の検診の時に「予定日が元々大型連休にかぶることもあり、万が一を考えると…」という話をされた(ど田舎の総合病院です)ので、正産期に入ってから促進剤で陣痛を来させて出産しようと試みましたが、その時は結局出産までは至らず…。
それがいけなかったのかもしれない…私の選択がいけなかったのかもしれない…。
帝王切開後に言われて辛かった言葉
帝王切開を受けた後、友人たちに第一子誕生の報告をしましたが、帝王切開だったことは言いませんでした。
無事に産まれた、それだけでいいと思っていたし、あえて「帝王切開だった」という必要はないと思ったから。
ただ、やっぱり聞かれるんですよね。
「どんなお産だったの?」と。
ネットを見ても帝王切開に対して否定的な言葉をたくさん見かけます。
クッソみたいな意見ばかり。
でも、それ以外にも悪気のない一言が私にまとわりついてきました。
「希望通りのお産じゃなかったね」
入院中に助産師さんに言われました。
何事もなく普通に自然分娩するものだと思っていた私。
出産前に書いたバースプラン。
当たり前のように「普通の出産」を描いていました。
そして「一番最初に主人に抱っこしてほしい」と希望をしていました。
まさか自分が帝王切開になるなんて考えてもなかった…。
そんな折、「希望通りのお産じゃなかったけど、どうでしたか?」と、退院直前に助産師さんに言われました。
「希望通りのお産じゃなかった」
「普通に産んであげられなかった」
「その原因は自分にあるのかもしれない」
「自分のせいで赤ちゃんを苦しめることになった」
「なんだ〜帝王切開だったの〜(笑)?」
友人に言われた一言。
陣痛の痛み、分娩の痛みががどうだったか…妊娠・出産を経験をしていない彼女だからこそ興味本位で知りたいことだったんだと思います。
ただ、とても悲しい思いをしました。
何も言えなくなりました。
「帝王切開は残念」と言われているような気がしたんです。
被害妄想だと言えばそうかもしれません。
が、私は簡単な気持ちで帝王切開をしたわけでもないのに、なんで笑われるんだろうか。
なんで彼女をがっかりさせることになるんだろうか…。
「私が通っていた産院は自然分娩推奨だったから帝王切開じゃないよ」
同じ時期に妊婦となっていた知人に言われたことです。
「自然分娩推奨の産院を私は選んだから、帝王切開になることなんて稀だよ」と。
私だって、帝王切開をしたかったわけじゃありません。
産科の先生だって助産師さんだって帝王切開を進んで望んでいるわけでもないです(多分)。
そもそも何もなければ経膣分娩となるものです。
何も…っていうのは「命の危機」のことです。
私の時は、子宮口全開で腰が抜けそうなほどの陣痛も来ているのに、なかなか下りてこない赤ちゃん。
そんな時に産婦人科の先生から真剣な顔で「心音が乱れている、赤ちゃんが苦しくなっているから…」なんて言われたら「早く出してあげてください!!!!」と言うでしょ。
そんな風に言われて「いや、私は経膣分娩がいいんで!」とは言わないでしょ。
「普通に産むよりも帝王切開の方が楽ね」
麻酔をかけてお腹を切って、自分は痛みを感じることがないから「帝王切開は楽」というんだと思います。
会陰切開もないし、長い陣痛に苦しむこともない…。
でも、下半身麻酔をかけて、帝王切開はお腹を10センチ切り、開腹し、子宮を切り、お腹を思いっきり押し、赤ちゃんを押し出すように取り出します。
術後は血栓ができないように超着圧ソックスを履き、一日安静したのち、すぐに子育てが始まります。
出産でもあり、手術です。
一般的な手術であれば、自分の命を助けるために自分のためにするものですが、帝王切開に関しては自分ではない命を助けるために自分の体を切ることになります。
術後は飲み物を飲むことができませんでした。
自分で自分の体を起こすことができない。
そんな状態で二日目には赤ちゃんのお世話が始まります(私の場合、主人も病院に泊まりだったことから術後すぐに母子同室となりました)。
麻酔の影響で、頭をあげるとひどく頭痛がするので四つん這いになって頭が低い状態で食事をしたこともありました。
食事すら億劫に感じることもありました。
何より自力で赤ちゃんを抱き上げることができませんでした。
周りが「かわいい」といって抱き上げる我が子を、私は自分で抱き上げることができませんでした。
みんなが抱っこした赤ちゃんを囲んでワイワイしている中で、私はベッドの上から起き上がることもできず、その様子を1人寂しく見る…。
笑って気を紛らわしたくても、お腹が痛くて笑えない。
心も体もしんどかった。
何度も泣きました。
帝王切開、決して楽じゃありません。
帝王切開=出産ではなく、帝王切開=手術(出産を伴う)です。
お腹を10センチ切るような手術をした人には「楽だったね」と声をかけることはなく「大丈夫だった?安静にね、早く良くなるといいね」と声をかけると思います。
でも帝王切開となると、その感覚はなくなるんですかね?
悪意がない言葉が地味にしんどく心にのしかかる
多分こちらに気を使って言ってくれたであろう言葉に対しても、受け入れることができなかった時もあります。
特に「帝王切開の方が楽」「普通に産むのって本当にしんどいよ」という言葉。
自然分娩を経験した人だからこそ言える言葉なんでしょうが、帝王切開は全然楽ではありません。
もし、身近に帝王切開を受けた人がいたら、励まそうと思ってのことだとしても決して言ってはいけない言葉です。
悪意があれば「クッソやな」と思って、ハイハイと流せたかもしれません。
でも悪意がないからこそ、こちらを励まそうとしているからこそ辛かったです。
被害妄想が激しいのかもしれません。
ただ、帝王切開での出産になったことに対してどう思うかは、帝王切開を受けた本人でもわからない…整理しきれないよくわからない感情があります。
コメントを残す